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      <title>知的財産とビジネス</title>
      <link>http://www.ip-blog.net/</link>
      <description>知財実務とビジネススキル、知財コンサルティング、天職、知的財産や弁理士試験の学習法、知財実務と学習との融合、などに関して、何か役立つ情報を、と考えた弁理士 的場成夫がご提供させていただきます。』</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
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         <title>◎尖っているだけではダメ</title>
         <description>「尖（とんが）っているだけではダメなんだな」と気付く（というか実感する）、
という時期は、多くの先輩方（その道の先駆者）が通ってきた道のようです。

　さて、「とんがっている」という時期を乗り越え、
ある程度のレベルに達すると、同業者から「学びたい」という声が挙がるようになる。

　ところが、学ぶ側にリスペクトが無く、それどころか「踏み台にする連中」も出てくる。
表面的に学んだ（パクった）連中が上手な売り込みをする、なんてことも頻発する・・・
　しかし、これもまた多くの先駆者が通った道なのではないか、と。

　　　ウチがオリジナルであり、品質も優れているのに、
　　　なんで二番煎じのヤツラの方が（ちょっと宣伝が巧いだけで）売れちゃうんだぁ？！

と憤るのではなく、つまり「売れる！」という勝負に勝てなくて愚痴を言うのではなく、

　　　　世の中ってそういうモノだ

と気付き、それを乗り越えなけなければならないようです・・・（哀）

　　　　　　（2012年５月作成）</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">02知財コンサルティングについて</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 18 May 2012 09:49:04 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>◎無効となる特許に対する特許庁の責任</title>
         <description>　大学院で知財マネジメントという講義を受け持っています。
　特許制度の説明の中で、

　　　審査にて特許査定があったとしても
　　　過誤登録の場合に無効となる場合あり

という説明をしたところ、

　　　特許に基づいて企業活動をしていたのに、それが無効となってしまったら、大変な損害を被ることがあるはず。
　　　それに対して、特許庁は賠償責任を負うのか？

という質問が出ました。

　　　責任は負いません

と回答しましたが、皆、納得がいかない様子。
　その「納得いかない気持ち」を大切にして欲しい、と思いました。
その気持ちが、勉強に対する燃料になるので。

　　　（2012年５月作成）
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         <link>http://www.ip-blog.net/2012/05/post_1107.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">01知的財産の勉強法</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 16 May 2012 10:04:40 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>◎知財功労賞パーティー</title>
         <description>　弁護士＆弁理士の鮫島正洋さんが2012年４月に、知財功労賞を受賞されました。
　中小企業に対する知財の啓発普及に大きな貢献をされたのが、受賞理由であると、私は解釈しています。

　特許庁の関係者が主催してくださったそのお祝いパーティーに参加させていただきました。
堅苦しくなく、でもお祝いムード一杯の楽しいパーティーでした。

　鮫島さんとは、弁理士試験の同期合格。

　　　中小企業のためにとの思いを実現するために弁護士としての活動をする！

という熱い話を、司法修習を終えた直後の彼に直接お聞きしました。
　そのときの私は、その半年前に有限会社夢屋を設立しており、
志を同じくした弁理士がいた、ということを心強く感じました。

　同志が刻んだ功績の後に続けるよう、これからも自分にできることをやっていきたい。
そういう思いを抱きながら、帰路につきました。

　　　（2012年５月作成）</description>
         <link>http://www.ip-blog.net/2012/05/post_1106.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">02知財コンサルティングについて</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 14 May 2012 10:10:06 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>◎ビジネスの「成功」について考える</title>
         <description>誰が、「成功」と判断するのか？
端から「そりゃマズいんじゃないの？」と見えても、
本人は「成功」と思い込んでいることは少なくない・・・

　　　私自身、「やったぞ、やってやったぞ」と喜んでいたのに、
　　　諸先輩から見たら「アイツ何やってんだ？！」と見えていたことはあったでしょう。

いつ、「成功」と判断するのか？
端から「アンタが偉そうな態度だからお客さんを怒らせちゃって、もう」と見えても、
本人がそのスタイルでそれまで１０年２０年と稼いでくることができた場合には、
「成功した」という実感や体験を持ち続けている・・・

　　　そのお客さんが怒っちゃったと気付かなかったら「成功」と思えてしまう場合もあろうし、
　　　怒らせちゃったことに気付くことができたら「成功の元としての失敗」として良かったと
　　　思うこともあるだろう。

どこで、「成功」と判断するのか？
ある会社と取引している同業者が３人いたとする。
一人目は、「他の二人よりも取引額が大きいから成功だ」と思っている。
二人目は、「他の二人よりも重要な仕事を回されたから成功だ」と思っている。
三人目は、「この会社と取引できた３人に入れたから成功だ」と思っている・・・

　　　その３人に入れなかった自分は、
　　　「あんな会社と取引するのは、こっちからお断りだい」と思えているなら、あるいは
　　　その会社と取引せずに何とかやれているなら、それも「成功」かもしれません。

どの程度で、「成功」と判断するのか？
収入がどのくらいになったら成功なのか、
新たなことには挑戦せずにじっと同じことをやり続けられたら成功なのか、
自分がやりたいことをやれたら、あるいはチャレンジし続けたら成功なのか、・・・

　結局、本人が「成功」と思うかどうか（「成功」を何と定義するのか）なのだ、と一般的な答えに行き着きます。

　しかし、「成功とは何か」をこれから考えたい人にとって見れば、「議論の過程」は有益でしょう。
「成功」を自分で定義する参考となり、自分を「その成功」に導く参考となるはずだから。
　私としても、上記のようなことを考える過程を経て、
自分としての成功が何なのか、ということを導いたり、考え続けています。

　　　（2012年５月作成）</description>
         <link>http://www.ip-blog.net/2012/05/post_1105.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">05一人前ビジネスマンへの道</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 11 May 2012 10:11:38 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>◎先生は何級ですか？</title>
         <description>本年度から、東京工科大学において二年前に新設されたデザイン学部にて、「知的財産論」という講義を担当させていただくことになりました。

　就職が厳しい現在の学生さんは、「資格」に対しても関心が高いであろうと想像し、最初の授業の終わり頃、

　　知的財産管理技能検定という国家資格があります

と紹介しました。（授業にてその検定対策をすることはありません、とも付け加えましたが）
　さて、授業を終えたら、一人の学生が質問にきました。

　　　先生は何級なんですか？

　あ、こういう質問がある、ということは、
弁理士資格との関係説明が不十分だったということですね・・・反省。

　　（2012年４月作成）</description>
         <link>http://www.ip-blog.net/2012/05/post_1104.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">08知的財産検定</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 09 May 2012 10:12:36 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>◎教え甲斐のあるヤツ</title>
         <description>　年齢、経験とともに「教わる」というポジションに比べて「教える」というポジションが増えてきます。
教える立場として「教え甲斐のあるヤツ」というのは、どういうタイプなのか？

　　　一を聞いたら十を知ろうとする
　　　やる気が表に出ている
　　　向上心はあるが、素直でもある

　たぶん、色々なところで議論されているテーマだとは思いますが、
私がポイントの一つだと考えていること。それは、

　　　自らが身に着けたら後輩に教えることを厭わない

ということです。

　知識にしてもスキルにしても、教えた後輩が更に後輩を育ててくれなければ、
人材の「拡大再生産」どころか「単純再生産」にもなりません。
　教えることを厭わない、ということが滲み出ているヤツは、
「アウトプット」を前提として身に着けようとしているから、吸収力も高い。

「教え甲斐のないヤツ」というのは、上記の裏返し。たとえば、

　　　他人に教えるなんてことは考えておらず、自分のスキルが向上すればよい

というタイプは、当然ながら自己中心的。他人を利用することばかり考えていそう。
　そんなヤツ、入社試験で落としてくれよなぁ・・・と思いませんか？

　　　（2012年４月作成）</description>
         <link>http://www.ip-blog.net/2012/05/post_1103.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">05一人前ビジネスマンへの道</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 07 May 2012 09:59:36 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>◎後輩を教えるたびに師匠への感謝</title>
         <description>実務の初心者に対して、イロハから教える機会がこれまで何度となくあります。
そのたびに感じるのは、自分を教えて下さった師匠の根気強さです。
呑み込みが悪い自分を、根気強く導いて下さいました。

　この感謝の気持ちは、自分が教えている後輩に受け継ぐことが、自分の仕事。
「スキル」といったクールなモノだけでなく、感謝の籠もった「コツ」でしょうか。

　でも、クールなスキルだけを求めてくる後輩もいて、そのときには対処に苦慮します。
そんなときにも、師匠の根気強さ　を思い出します。
そして、「スキルを含めての気前よさ」というモノが受け継ぐべき「日本の知財の本質」のような気がしています。

　　　（2012年４月作成）
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         <link>http://www.ip-blog.net/2012/05/post_1102.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">03知財実務についての雑感</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 02 May 2012 09:59:20 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>◎やりたい事＞残りの人生</title>
         <description>　フェイスブックで見つけた高校同級生Ｙクンの発言。

　　　『残りの人生、やりたい事と残り時間を計算すると完全に足りない』

ドキッとしました。
　自分は、残り時間が足りない、と思えるほど「やりたい事」があるだろうか？

　東日本大震災の後、心の底から元気になれないのは、「やりたい事」を見失ったからではないか。

　震災前の気持ちに戻れた訳ではないけれど、少なくとも、「気付く事」はできました。
感謝です！
　
　と、ここまで書いて一晩寝たら、次のことに気付きました。

　『お金と時間を浪費することでやれる事』であれば、やりたい事はあるかもしれない。
そのための「お金を稼ぐ」という時間が必要だから、時間が足りない、ということならば、
確かにそうかもしれない。
　でも、私は「人の育成」や「教育」といったことにつながらない浪費には、
今のところ興味はないらしい・・・

　　　（2012年４月作成）</description>
         <link>http://www.ip-blog.net/2012/04/post_1101.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">06天職</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 27 Apr 2012 09:52:01 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>◎ボランティア活動とその報酬</title>
         <description>　あるボランティア活動に関わっていたところ、その活動に対して公的機関から「活動費」が出ました。
その「活動費」の金額、趣旨などに対して、メンバーで交わした議論は、なかなか深いモノでした。

　活動費を受け取ることを前提に、次の活動にも「額」の分の義務感が生じるので、
純粋には「ボランティア」ではなくなる、とか、
　この活動に見合わない金額しか受け取れないのだから「ボランティア」なのだ、とか・・・

　この議論は、自分の中ではある程度の結論が出ていたつもりでしたが、
他のメンバーの考え方を聞く（受け入れる）ことで、「多面的なモノの見方へのスキル向上」に繋がる、
という気がしました。
　ボランティア活動が「人間力の向上」につながる、というのは、こういう部分でもあるのでしょう。

　さて、悪いけどボランティア活動をした事がない人に、この議論に加わって欲しくはありません！
どれだけ本を読んでも、頭だけで考えても、体験しなければ理解できない領域がたくさんあるので。
（やったことが無い人が、体験した人や体験中の人にアレコレ言うのは失礼なのです）

　　　（2012年４月作成）</description>
         <link>http://www.ip-blog.net/2012/04/post_1100.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">05一人前ビジネスマンへの道</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 25 Apr 2012 09:51:01 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>◎先駆的な試みに対するリスペクト</title>
         <description>　弁理士会のある委員会に参加したところ、

　　　先駆的な試みで一定の成果を上げた弁理士さんと
　　　彼の行動をスタンドプレイであるとして管理しようとした弁理士会のある委員会とが
　　　険悪なムードになる場面があった

、ということが議題となりました。

　　　その弁理士さんに対して、その先駆的な試みに対する敬意が足りずにしたとすれば、
　　　その弁理士さんがヘソを曲げてしまっても当然だと思います

、と私は発言しました。

　先駆的な試みには、非常に多くの時間を投資しなければなりません。
もちろん、時間に伴って多くのコストも掛かっているはずです。
自己責任とはいえ、そうしたリスクを一人で背負って試みていたわけです。
そのリスクを乗り越えて得た成果を、リスペクトすることなく管理しよう、
というのは、大変失礼な話！
　私には、そう聞こえたからです。

　　　　（2012年４月作成）</description>
         <link>http://www.ip-blog.net/2012/04/post_1099.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">03知財実務についての雑感</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 23 Apr 2012 10:00:46 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>◎聞きたいようにしか聞いてもらえない</title>
         <description>　ある会社の商品開発マネージャとお話しする機会がありました。
そのマネージャは、開発される一連の商品に関するネーミングの責任者でもあったので、
ネーミングに関する悩みなどをお聞きしました。
　その悩みに少しでも応えたい、と考えた私は、
自分が思い付いた事例を紹介したり、ネーミングのテクニック事例を紹介したりしました。

　しかし、そのマネージャが退席された後、知財部の方とお話をして

　　　私は失敗した

ということに、気づかされました。
　知財部の方は、

　　　あのマネージャは、自分が聞きたいことだけ拾ってしまいます

とおっしゃったのです。
　「悩みに応える」ということに一所懸命になってしまったことが
失敗の原因です。
　たとえば、

　　　こういう例外もあります

という事例を紹介してしまった件について、

　　　彼は、その例外における前提条件は忘れてしまい、
　　　「例外」があったのだから大丈夫、ということだけを
　　　覚えて帰り、今後はそれを振り回してしまうおそれがあります

とのことだったのです。

　多くの事例や知識を身につけ、それを必要に応じて引き出す、
ということは、重要なスキルではあります。
　しかし、

　　　人は、聞きたいようにしか聞こえてこない

ということなのです。
そのことを肝に銘じ、現場ではもっと注意を払うべきでした。

　　　　（2012年４月作成）</description>
         <link>http://www.ip-blog.net/2012/04/post_1098.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">02知財コンサルティングについて</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 20 Apr 2012 09:58:41 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>◎「出願人」の意味</title>
         <description>　家族の保険か何かの書類を書いていて感じたのですが、

　　　本人との続柄

という欄に、何と書けばよいのか、分かりにくい。
たとえば、私の息子に関する書類において、保護者の欄に私が記名した場合、

　　　息子から見て私が「父」であるから「父」と記名すればよいのか
　　　私にとって息子は「長男」だから「長男」と記名すればよいのか

迷ってしまう。
　記入例があったところで、上記の説明まですぐに分かるモノは見かけません。
書き慣れている人ならすぐに分かるのだろうけれど。

　このような事例が、私たちの仕事の中にもないだろうか、と見渡してみたところ、

　　　発明者　および　特許出願人

という欄が、これに該当するのではないだろうか、とふと思いました。

　「発明者」は、法人ではありませんよ、実質的に発明をした個人です。
　「出願人」とは、この書類で得られる特許の名義人となる人、たいてい法人です。

という説明を、これまで何度してきたことか。
慣れていない人にとってみたら、とても分かりにくいはず。

　　　どうして、「名義人」という欄ではないのですか？

という質問に、質問者がスッキリしていただける回答をできたことがありません。

　　　「特許出願」という書類なので、「特許出願人」なのです

という分かりにくい回答しかできていない・・・

　　　（2012年４月作成）</description>
         <link>http://www.ip-blog.net/2012/04/post_1097.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">03知財実務についての雑感</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 18 Apr 2012 10:27:57 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>◎ご要望には応えたのだけれど</title>
         <description>　同業者と呼べる知人と久しぶりに会食しました。
　彼が関わったという案件の話を、ふんふんと聞いていたのですが、
最後に彼が、

　　　最終的に訴訟には勝ったのだけど、なんか虚しいんだよ

とため息をつきながら、ビールジョッキを置く。
　なぜ虚しいと感じるのか、と尋ねると、

　　　お客さんの要望通り、相手をやっつけはしたけれど、
　　　お客さんにもたくさんカネを使わせることになったからかな

とのこと。

　訴訟で結論を出した、というくらいだから、かなり長期間の闘いだったのでしょう。
とすれば、

　　　自分たちは何に勝ちたいのか
　　　何を得たいのか、勝つことで得られるのか、
　　　得られるかもしれないけれど、失うモノがないだろうか、
　　　失うかもしれないモノは、勝つことで得られるモノよりも痛いのではないか

と、立ち止まって考えるべき時期があったのではないか？
　当事者ではない自分は、彼の話を思い出しながら、そんなことを考えました。

　　　（2012年４月作成）</description>
         <link>http://www.ip-blog.net/2012/04/post_1096.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">02知財コンサルティングについて</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 16 Apr 2012 10:04:39 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>◎惹かれるビジネス書の減少の理由</title>
         <description>　ひところよりもビジネス書を読まなくなりました。
理由は色々思い当たります。

　これまで読んできた本を思い浮かべて、
「あれと似ているんじゃないかな」と思ってしまう場合。

　著者がこういう人だからあまり魅力がないな、
と著者から推定してしまう場合。

　三つ目の理由を書こうとしたときに

　　　自分の気持ちが前向きではないからではないか？

と考えました。
　が、これに対しても、続きが即座に思い浮かびました。

　　　経験上、こういう時期に焦ってもあまり良いことがない。

　そのように「経験から考える」というのは、
若さが失われているからなのでは、と小さな恐怖心を抱えつつ、
でも、「時を待つ」という選択をするだろう・・・

　そんな小さな葛藤をしている自分がいます。

　　　　（2012年４月作成）</description>
         <link>http://www.ip-blog.net/2012/04/post_1095.html</link>
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         <pubDate>Fri, 13 Apr 2012 10:09:22 +0900</pubDate>
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         <title>◎年度末の緊張感</title>
         <description>　以前は、年末や年度末には、奮い立つ緊張感が沸いてくるものでした。
しかし、一昨年の年度末に感じたのは、

　　　年中行事になって失われてきた緊張感

だったように思い出します。
　忙しいことと、忙しさに付いてくる売り上げ、それらが醸し出す安心感・・・
こうした「年中行事」に対して、どこかで

　　　このままで良いのだろうか

と抱き始めた漠とした不安。

　その不安は、「東日本大震災」によって別の何かに変化してしまいました。
その「何か」が、まだ明確になっておらず、「行き場を失った感」がぬぐえずにいます。

　　　　（2012年４月作成）</description>
         <link>http://www.ip-blog.net/2012/04/post_1094.html</link>
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         <pubDate>Wed, 11 Apr 2012 09:59:23 +0900</pubDate>
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