パン職人Bの遠くない血縁者というD君という専門学校生が遊びに来ました。
主人Aは、パン職人BとともにD君の職場見学を歓迎しました。
D君と3人でビールを飲みに行き、D君を見送った後、
主人Aとパン職人Bとは、いきつけのバーでウィスキーを注文しました。
「D君がうちに就職したいと言ったらどうする?」
主人Aが切り出し、パン職人Bは、その質問を待ってましたとばかりに答えた。
「私が育てるから雇いましょうぜ。大きくなるチャンスだと思うし。」
が、言った方もそれを聞いた方も、共通の苦い思い出を頭に浮かべていました。
主人Aに影響されて調理学校に行きたい、と言って辞めていったE君、
ここでのパン作りは限界だ、もっと大きな店に行きたい、と言って辞めていったF君、
この3年で、2人の若者が主人Aの下を去っていったのです。
「今日のD君は、E君とF君の、どちらに近いと思う?」
主人Aが聞くと、パン職人Bはちょっと考えて答えました。
「どちらかと言えばF君かなあ。」
でも、私との血縁があるから簡単には辞めないでしょ、と付け足しました。
それを聞いて、主人Aは言いました。
「じゃあ、D君を雇うことはないです。育て甲斐がないからです。」
パン職人Bは、興奮して反論しました。
「三人になった方が、より大きな注文に応えられる。
今のままじゃ、現状維持が精一杯じゃないか!」
主人Aは、穏やかで小さな声だが力強く答えました。
「組織が大きくなることや、大きな注文に応えることが
成長だとか発展だとか、という時代ではない。
少なくとも私はそう考えています。」
あと2,3杯飲むには十分なお金を置いて、主人Aはそのバーを出ていきました。
以上