学生の頃に嫌悪していたことのひとつに、
サラリーマン 赤提灯にて くだを巻く
という姿です。
実際に目にするよりも、活字(小説など)による影響も大きかったかもしれません。
その頃に読んだ小説に出てくるサラリーマンに憧れるような人物像や
ヒーローがいなかったのです。
それだけではなく、「ああいう風にはなりたくない。」という消極的な考えはあっても、
「こういう風になりたい。」という積極的な考えには至っていなかった、
ということでもあります。
天職、というテーマに結びつけるならば、
ああいう風な人は天職を得ていないのだろうな、と直感はしていたような気はしますが。
しかし、それほど嫌悪していたことも忘れ、サラリーマン弁理士の頃は、
やはり「赤提灯にてくだを巻く」ことは少なくなかったように思い出します。
さて、サラリーマンではなくなってしまった今の私には、
『くだを巻く』というのは、一種の余裕である、と感じられます。
くだを巻いたところで現状を変えることはできない代わりに、
「現状から見捨てられて路頭に迷う」こともほぼないからです。